« びっくりの出場 | トップページ | ものすごい雨の中での貴重な勝利 »

2008年6月22日 (日)

ボスニア・ヘルツェゴビナ紀行①

先週、6月10日(火)~15日(日)のボスニア・ヘルツェゴビナ訪問についての記録です。今回の旅行を決めたきっかけは、この活動があったからでした。

 活動については、同会のサイトに詳しいですが、今回もセレッソ大阪のサポーターを中心とする有志のみなさんがボスニア・ヘルツェゴビナの子供たちにサッカーボールなどを寄贈するというもの。その活動の様子とともに、内戦終了から10年余を経たボスニア・ヘルツェゴビナを「サッカーを通して」見てみたいという思いが以前からありました。今回の訪問はその願いがかなった形でした。

 今回の訪問メンバーは私を入れて7人。そのうち関空から出発するのは6人。残る1人はヨーロッパ留学中のため現地・サラエボで合流することになっていました。が、いきなりアクシデント発生。関空初の飛行機が2時間半遅れて出発し、乗り継ぎ便に乗れなかったのでした。アレンジされた新しい乗り継ぎ便は、翌11日の午後便。私がサラエボに到着したのは、11日の15時前でした。

 宿泊先に落ち着くまもなく、すぐに第1の訪問先「OAZA」へ。ここは、障害のある子供たちがレクリエーションを行う施設で、トレーニングウェアなどを渡す。ここでは、障害のある子供たちが家に引きこもってしまうことを防ぐため、絵を描いたり、陶芸をしたり、サッカーなどのスポーツなどをしている施設なのだそう。訪問当日に子供たちに会うことはなかったけれど、プレゼントを喜んでもらえたらいいなと思い、施設を後にしました。

 そのあと、'84年のサラエボ冬季五輪のジャンプ台とオリンピックスタジアムを見学。いずれも、内戦で大きなダメージを受けたところだと聞いていました。市の中心部から少し離れたところにあるジャンプ台はさびれた印象を受けましたが、家族で遠足に来たという子供たちが元気に遊んでいました。彼らが持っていたペコペコのボールでボールを蹴りあいました。

 市街に戻って、オリンピックスタジアムへ。サラエボのU-13、U-12の子供たちが練習をしている様子を眺めながら、しばし休憩。チームの人数はそれぞれ10数名。セレッソの下部組織と比べると少ない印象でした。でも、無心に、目を輝かせてボールを追いかけるさまは同じ。女の子もまじって頑張っていました。

 タクシー乗り場まで歩いた帰り道、衝撃的な光景を目にしました。オリンピックスタジアムのサブグラウンドであった場所に作られた墓地です。話には聞いていましたが、墓標の数、そこに刻まれた数字(逝去した年)には身が凍る思いがしました。内戦で亡くなった人たちのものでした。

 旧市街でモスクなどを見学して、サラエボでの1日目、6月11日が終わりました。(つづく)

|

« びっくりの出場 | トップページ | ものすごい雨の中での貴重な勝利 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/154764/41616220

この記事へのトラックバック一覧です: ボスニア・ヘルツェゴビナ紀行①:

» 07-08 寄贈訪問レポート? [クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナを考える会]
2007-2008年度で集まった募金で購入した サッカーボール 当会に賛同していただき寄贈いただいた サッカーグッズ、ユニフォーム、サッカーボールを 2008.6.10-6.15 ボスニア・ヘルツェゴビナの子供たちに届けてまいりました。 今回で6回目のボスニア訪問となりました。 スタジアムで募金していただいた方々、 今回賛同していただき寄贈いただいた 町田ゼルビア様 セレッソ大阪様 大阪ダイバンズ様、ソルナシエンテフットサルスクール様 輸送の協力をしていた... [続きを読む]

受信: 2008年6月30日 (月) 20時31分

« びっくりの出場 | トップページ | ものすごい雨の中での貴重な勝利 »